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新田義貞鎌倉攻めの道を歩く2…極楽寺切り通しと十六夜日記の里
<宮田太郎歴史古街道シリーズ18>  2003/10/5

会員の小野島さんから写真をいただきました。
小野島さん、いつもありがとうございます。

10月5日(日) 午前9時40分 鎌倉駅西口時計台広場。
「本日はいよいよ新田義貞が鎌倉に入りします。阿仏尼の
『十六夜日記の謎』も尋ねます。詳しくは現地で説明…」
さわやかな秋晴れの下、総勢30名、いざスタート。

鎌倉駅西口時計台広場
江ノ島電鉄・稲村ヶ崎駅に移動。
「稲村ヶ崎は若者に人気のある所。新田義貞はこの海に
黄金の太刀を投げたと伝わります」住居表示版の前で
宮田先生のテンションも上がり気味です。
稲村ヶ崎駅
『日蓮御袈裟懸松』。日蓮上人が佐渡に流刑された折、
この松に袈裟を掛けて弟子たちを諭したという。
当時の松は記念碑の左上辺りにあったらしい。
道が狭く行き交う車や人を避けながら解説は続いた。
日蓮御袈裟懸松
古戦場『稲村ヶ崎』。正面の島が江ノ島。右上に富士が
薄く見えたが写真には写っていない。
江ノ島の左が「逗子開成中学ボート遭難」の海。
七里ヶ浜の黒い海岸線は砂鉄。
「新田義貞自身は岬を回らず、岬上方の霊仙山で采配を
とったと思われる」と宮田先生は熱っぽく語った。
稲村ヶ崎
十六夜日記の作者、阿仏尼屋敷跡を尋ねて、月影の谷を
辿るみどりのゆび。
月影の谷
舗装道路が行き詰まった左手に小さな駐車場があった。
「この駐車場か白い家の辺りに阿仏尼の家があったらし
い」と宮田先生。
「浦(海)ちかき山のふもとにて、風いとあらし」と十六夜日
記はいう。京より下向した阿仏尼はなぜ厳しいこの地に入
ったのだろうか。阿仏尼を巡る謎は尽きない。
阿仏尼の家
関東の駅百選の一つ、「極楽寺駅」。
駅前にはアンティークなポストが立ち、木立ちに包まれた
駅舎はアットホームの雰囲気が漂う。みんな笑顔。
「これより極楽寺に向かいます」
極楽寺駅
金木犀の香りが漂う道を極楽寺山門へ。
鎌倉で唯一の真言律宗の寺。開基は北条重時。
開山は忍性。
忍性は施楽院、悲田院、療病舎などを建てて病者を収容
し、貧者は無料で加療した。生き仏と仰がれ、後醍醐天皇
から菩薩の称号を授かる。
極楽寺山門

極楽寺本堂前には薬草をすり潰す石臼と石鉢があった。
石鉢のへりには直径七、八センチの円形の窪みがある
が、何に使われたか明らかでない。

 

 

極楽寺本堂前の石臼と石鉢

新田義貞が落とせなかった難攻の「極楽寺坂切り通し」を
後に、最終目的地長谷駅に向かうみどりのゆび。
花の季節には両サイドの紫陽花がみごとという。
前方の海岸線は由比ヶ浜。汲み切れない古都鎌倉の一
日でした。
                                                    写真と文: 小野島營さん

 

極楽寺坂切り通し
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