•  フットパス活動の記録

三輪
2020.12.08
白洲正子の散歩道・三輪の里 を歩く

12月13日(日)天気 : 晴 参加者 :7名

大和の国の三輪の里に似ていることから「三輪」と名付けられました。三輪緑地の緑豊かな環境と古墳や神社仏閣などの歴史遺産が調和し、鶴川在住だった白洲正子の好んで歩いた散歩道でした。

三輪の里から市境の尾根道を歩き、横浜市の寺 家ふるさと村も訪ねました。

ご好評のNPO法人みどりのゆび発行の『多摩 FootPath1』(2009年6月1日改訂)の改訂の一環と して、三輪のコースを歩きました。そのフットパ スの様子です。

1.三輪フットパスのマップ(下が北)に従って 鶴川駅からほぼ番号に沿って歩きましたが、㉒は
「三輪の森ビジターセンター」(2018年開館)とな り、この㉒から⑧の下三輪横穴墓群への尾根道を 歩き、寺家ふるさと村への新ルートを歩きました。





2.鶴川駅(①)からスタート。鶴見川は古くから “暴れ川“の異名があり、大雨が降るたびに氾濫を 繰り返していたため、全国に先駆けて「総合治水 対策」(1979年)に取り組んできました。そのため 鶴見川を挟んで町田市と川崎市の都県境と河川管 理境界も入り組んでいます。
「ここは川崎? 町田?」と会話しながら歩きを進めました。真光寺川の鶴見川への合流地点に開戸親水広場があります。







3.精進場橋を渡り南へ道路を登ると高蔵寺(②) に出ます。シャクナゲの寺としても有名すが紅葉 も美しい。手入れが行き届いた気持ちの良い素敵 なお寺です。 足利将軍家代々の武運長久祈願所として開山の歴 史(1362年)あるお寺で、東国花の寺百ケ寺の東 京第5番札所、多摩四国八十八ケ所の第十札所で す。

昭和10年、北原白秋夫妻が訪れて「高蔵寺しづ かやと散葉眺めいて梢の柿のつやつやしいろ」と 詠まれ、7首の書かれた石碑が置かれています。






4.高蔵寺の横門から出ると、「三輪の里」とし ての景観を維持している畑地に出ます。春にはウ メやサクラが咲き、美しい桃源郷の景色が創り出 されます。この辺りは、清和天皇の御代(877年)、 大和国三輪の里の神の社使、荻野・矢沢・斉藤氏等 がこの地に移住したと伝承されています。畑地の 奥に沢山城址が。私有地の城で、団体の見学は禁 止されています。さらに、美しい竹林の道を降り ていくと、白坂横穴墓群(③)が現れます。



古墳時代後期に造られた13基が確認され、フェン ス越しに2基が見学できます。白い地層は上総層群 柿生層で、この泥岩に横穴墓を造っています。貝 の化石などが出るので太古は海底だったようです



5.白坂をさらに下り、沢谷戸自然公園(④)か ら沢山城址の丘を振り返ってみました。沢山城は 後北条の築いた城で八王子城、成瀬城、小机城な どと関連しています。さらに進むと椙山神社(⑤) が見えて来ます。大和の三輪の里に鎮座する大神 神社の御本体である三輪山にこの付近の山容がよ く似ていることから、877年に当地に勧請された との伝承があります。昭和20年頃までは、樹齢五、 六百年を経たスギやマツの巨木が鬱蒼とした鎮守 の森そのもののたたずまいであったそうです。




6.次に妙福寺(⑫)へ向かいます。境内は約四 千坪におよび山門(高麗門)、鐘楼門、本堂や祖 師堂など整えた立派なお寺です。高麗門は平成20 年の台風で倒壊、令和元年12月に再建されました。 上層部に鐘を釣った二階造りの鐘楼門は町田市内 ではここだけです。本堂の屋根はもと茅葺でした が、今は、素敵な曲線の銅葺屋根となっています。






7.妙福寺の横道から第三公園(⑦)を経て「三 輪の森ビジターセンター」(㉒)へ向かいます。 長年の三輪緑地保全活動の願いがかない2018年4 月にオープン。散策路も整備され、下三輪横穴墓 群・寺家へ向かう市境界の尾根道を歩きます。



8.下三輪玉田横穴墓群(⑧)は4基発見され、 特に、第1,3号の2基は天井部分に屋根構造を浮 き彫りで表現した「家形横穴墓」で、全国的にも 珍しく、都内ではこの遺跡のみです。ここからは 尾根道を下り、明るく広々とした「寺家ふるさと 村」へ向かいます。





9.寺家ふるさと村(⑨)は1960年ごろから始ま った団地開発の波に対して、寺家町の農家の方々 が先祖伝来の農地や山林を守り受け継ごうと「ふ るさと村」として保全するべく、1980年ごろに計 画策定。「寺家ふるさと村・四季の家」が1987年 に開館しました。

「寺家乃鰻寮」にて昼食をいただきました。





10.寺家ふるさと村から山谷切り通しの道(⑪) を経て妙福寺へ戻り、バス通りを進むと、田んぼ の真中に参道がある廣慶寺(⑬)が現れます。参道 には十二支と守り本尊、小型の鐘が108個並んで いて、見るだけでも楽しい光景です。
1572年の安土桃山時代に開山の歴史があります。さらに、少し歩くと西谷戸横穴墓群(⑭)が広がり、フェンス越しに見ることができます。ここでは圭頭大刀などが発見されています。



11.三輪緑山住宅地区はかっては雑木林が広が っていましたが、1980年代から開発が進み分譲が 始まりました。その三輪中央公園(⑮)の横を真 っ直ぐ進み、熊野神社(⑰)へ向かいます。
熊野神社も椙山神社と同じ877年、大和の三輪の里より勧請との伝承があります。現在の社殿は昭和48年の再建。社殿左の御神木の「アカガシ」(町田市の名木百選)は樹齢300年以上、幹回り約6mのケヤキの切り株も残っています。熊野神社の左手の道を進み、右の細い道へ入る(⑱)。岡上への道路に出たら少し上り、右の細い道へ入る。この道が鎌倉街道早ノ道で、「いざ鎌倉」と馳せ参ずる道筋でした。





12. 鎌倉街道早ノ道に面して東向きに建てられ、 それが寺名の起こりの岡上山東光院宝積寺(おか のぼりさんとうこういんほうしゃくじ)(⑲)に 到着しました。仁王門からは入れませんので、も う少し先の長屋門から境内へ入ります。いつ訪れ ても静かな境内で、ゆっくり見学ができます。江 戸時代に建てられた仁王門、重層で左右の仁王像 も素晴らしいです。イチョウの黄葉とモミジの紅 葉の色合いが素敵でした。この仁王門の周りのイ トヒバ、イチョウ、カキの木が川崎市の「まちの 樹50選」に選ばれています。行基(750年ごろ)による創建と伝わる古刹であり、王禅寺とともに多摩丘陵の2大本寺とされて、三輪の高蔵寺など11の末寺があったそうです。
鶴見川に戻り、鶴川駅で解散しました。









(田邊博仁)
2020.12.08 00:00 | 固定リンク | 未分類