•  フットパス活動の記録

東京フットパス 赤坂
2019.05.26
東京フットパス 赤坂

5 月26 日(日) 天気:晴 参加者:15 名

赤坂から六本木までは岬で、その頂点が東京タワー、その東側の東京は全部海の中だったのをご存知です
か。
今回はそれを確かめる「ブラみどり」。
 なんで赤坂(元は茜坂)が名前の通り坂が多いか、溜池が海だったこともこれでよくわかります。元NHKの電波塔があった愛宕は岬の突端でした。
 そして東京の地形のお決まり。丘の上の高台には武士、寺、のお屋敷町、そして谷に庶民の住宅地、その間を繋ぐ傾斜地に神社。昔から山の手にはセレブが住んでいたのですね。勝海舟は赤坂の中で3 回、一ツ木の川底にあった貧乏家から氷川神社の坂途中、そしてアメリカ大使館宿舎のある高級住宅地へと階級が上がるにつれて家を変えています。
 時代が変わっても高台は、大企業やホテルのセレブに取って代わられ、赤坂から、アカサカサカス、氷川神社、ホテルオークラの3 つの尾根を縦走すると、東京タワーに着きます。
増上寺も愛宕から続く岬の高台の上にあります。この岬いっぱいに増上寺が有していた敷地が広がり、戦後は貴族や寺の敷地を買いあさっていた西武の堤康次郎の持ち物となり、プリンスホテルとなりました。
帰りは六本木の鳥居坂上にある岩崎小弥太邸、国際文化会館でお庭を楽しみながらお茶で打ち上げを。帰りかけたら、ちょうど六本木を来日したトランプ大統領が通るところで、面白いオマケがついた1 日でした。
<以下「みどりのゆび」facebook ページに掲載された感想>
 久しぶりの東京フットパス。炎天下でしたが、ビル群が里山の雑木林のように木陰を作り、風もあり、比較的快適でした。2万5千歩(17.5km)、コンクリート道路歩きで、足の裏が痛くなったが、でも、▲2540kcal でダイエットかな?

 神谷さんガイドの東京フットパスです。赤坂見附、東京タワー、六本木あたりは縄文海進時代は海岸線であった。地理院のデジタル地形図と現代の地図を照らし合わせながら街の変遷を振り返る東京フットパスです。台地と低地の港区には、坂が90近くもあり、昔の人が名付けた坂の名前も面白い。高台の元大名屋敷や旗本屋敷跡は、現在は、邸宅、外国大使館、ホテルやショピング街へ大きく変遷しています。赤坂見附から赤坂氷川神社、愛宕神社、東京タワー、増上寺などへの道を楽しみました。トランプ大統領来日の厳戒警戒のなかのフットパスでした。(田邊博仁)
(神谷 由紀子)
2019.05.26 13:14 | 固定リンク | フットパス
新たに草木塔が建立
2019.05.18
5 月18 日(土)
 本会のフィールドである町田市小野路で「草木塔」の建立式が行われました。東京にあって都市計画を変更して緑を残すことに住民が決めた小野路で、その地主さんたちが草木塔を建立するということは本当に感慨深いものがありました。
 草木塔とは、仏教で「自然の恵みに感謝し、草木にも命があり、それを絶って我々は生かされている」という思想に基づいて建てられる石造の草木供養塔です。元々は、米沢藩主上杉鷹山が、江戸藩邸や米沢市内で大火があった後に大量の樹木を伐採したことに対する感謝の念で1780 年に建てたものが始まりとされています。したがって山形県置賜地方に最も多く、100 基以上の草木塔があり、フットパスの仲間である川西町や長井市にもあります。山形を含めて全国で200 基ほどが見つかっており、東京にも10 基以上発見されています。
 なぜ小野路で草木塔が新たに建てられることになったかというと、この度、小野路で1740 年(元文年間)頃に建てられた草木塔が、いまだに東京で養蚕を続けている嶋野幸夫さんの屋敷で発見されたのです。
 上杉鷹山の草木塔が1780 年建立だということであると、この嶋野さんの草木塔が日本で一番古いものということになります。
 「浅間山噴火、百姓一揆、イナゴの大発生など、小野路でも食糧事情が悪く苦労した時に建てられたもの」と小野路の「草木塔を建てる会」の小島政孝会長は推察されています。「飢饉のときには山野に自生する草や木から食物をとり命をつないできた。小野路村の面積の半分は山林であり、雑木林が多く、大量の炭を江戸に運んだり、繭を作ったりして生活してきました。これらは重要な産業であり、過去のこととして今は忘れられているが、自然の恩恵に感謝することは未来に向けて伝えていかなければならない大切なメッセージです」。
 今回、元副市長の高山氏からの提案を受けて、小島会長以下地主さんたちの協力や石材の寄付などがあって、「草木塔を建てる会」が組織され、草木塔の建立にいたりました。
 よそ者の私も小野路の方々のご厚意で「草木塔を建てる会」に入れていただけたので、草木供養祭に参加することができました。
 フットパスの仲間である長井や川西とも共有する先人の知恵に触れて、今更ながらいろいろ感じいるところがありました。
(神谷 由紀子)