•  フットパス活動の記録

桜の渋沢丘陵と丹沢の雄大な景色を楽しむ
2024.03.31
【秦野の湧水群、神秘な震生湖、丹沢の雄大な景色を楽しむ】

みどりのゆびフットパス(3/31)の報告です。昨年、「紅葉の渋沢丘陵」が雨で中止、リベンジで「桜の渋沢丘陵」と3月31日ならと企画。今年の異常な桜開花遅れで残念でしたが、最後に満開の桜に出会えて、ホッとしました。


「はだの水」は「おいしさが素晴らしい名水部門」 第1位(2015)に選ばれています。その秘密は「丹沢山地」の形成と「秦野水盆」と言われる秦野盆地の地形にあります。秦野駅から「弘法の清水」、「寿徳院の湧水」、「今泉名水公園」、「まいまいの泉」と湧水群を巡り。




雄大な秦野盆地と丹沢山地の眺望を見ながら、



「震生湖」へ、そして、「渋沢丘陵」をご案内しました。





ペットボトルで持ち帰った「はだの水」でいれたモーニングコーヒは、まろやかでおいしく、納得しました。(田邊博仁)
2024.03.31 10:00 | 固定リンク | フットパス
「三ノ輪から竜泉、吉原そして下谷根岸へ、下町を巡ります」
2023.12.09
三ノ輪駅をスタート、「目黄不動尊」、「浄閑寺」を巡り、新吉原の大門から入り、旧吉原の街並みを歩き、「吉原神社」、「吉原弁財天」をお参りする。
そして、吉原遊郭近くで一時暮らした樋口一葉の「樋口一葉記念館」を見学。



都電荒川線三ノ輪橋駅の「ジョイフル三ノ輪商店街」に戻り、昼食。午後は、旧写真館を巡り、お饅頭や、せんべい店で土産を調達、



「小野照埼神社」に立ち寄り、近くで珈琲タイムで一休み、老舗酒場鍵屋を経て、旧陸奥宗光邸を周りから見学、そして、鶯谷駅で解散しました。

三ノ輪FPの写真を下記アルバムへ掲載しました。
ご覧ください。
https://photos.app.goo.gl/nCe3kenKCVjbvQCG7

(みどりのゆび 田邊博仁)
2023.12.09 15:35 | 固定リンク | フットパス
フットパス専門家講座 三ノ輪から竜泉、吉原そして下谷根岸へ下町を巡ります
2023.12.09
[ 講師:浅黄 美彦 ]


12月9日(土)天気:晴参加者:16名


 東京メトロ日比谷線三ノ輪駅に集合。昭和通りと明治通りの交差点から歩き始めるとすぐに「目黄不動尊」。家光が定めたという江戸五色不動の一つで、目黒と目白は有名ですが、黄・赤・青は珍しい。私もフットパスの下見で偶然知った目黄不動尊。建物はモダン建築、設計者を調べたら早稲田の丸山欣也、吉阪隆正に繋がる系譜でした。明治通りから一本入った横道へ。写真家荒木経惟氏の実家「にんべん履物店」跡、看板建築に大きな下駄が飾られた1980年代の写真を頼りに、撮影地を探すというマニアックなまち歩きの妙を紹介してみました。
 台東区三ノ輪のにんべん履物店跡から区界の道を渡ると荒川区南千住の「浄閑寺」。安政の大地震の際に犠牲になった新吉原の遊女たちの遺体が投げ込むように葬られたことから、“投込寺”と呼ばれるようになったという。新吉原慰霊塔には「生まれては苦界、死しては浄閑寺」と刻まれた花酔の句が切ない。その向かい側にはしばしばこの寺を訪れた永井荷風の詩碑、設計は文人の墓碑や詩碑を多く手掛けている谷口吉郎。情念とモダンが向き合う浄閑寺でした。





目黄不動尊(永久寺) 新吉原慰霊塔

 投込寺から土手通りを東へ進みかつての遊郭の新吉原へ向かう。吉原大門交差点の近くには、土手の「伊勢屋」と桜鍋の「中江」と100年を超える名店がある。これにうなぎの「尾花」、蕎麦の「砂場」と揃い踏みなところが遊郭があったまちの特徴なのかもしれません。



土手の伊勢屋桜鍋の中江

 見返り柳から衣紋坂を下ると「吉原大門」跡。やはり吉原はここから入りたい。なんだか感漂う吉原大門ですが、ここを抜けるといよいよ「吉原遊郭」跡。メイン通りの仲之町を進む。交番とマンションとなっているところが、かつての料亭「松葉屋」、はとバスで花魁道中を見せていたのがこちらでした。ついでに記せば「吉原公園」は大見世だった「大文字楼」跡、痕跡ばかりでかつての遊郭を偲ぶことはできませんが、多くの遊女屋の土地にソープランドが建っている姿が、土地の記憶の継承なのかもしれません。とはいえ、「吉原神社」、「吉原弁天社」そして最後の料亭だった「金村」(2009年廃業、中江が引継ぎ、中江別館として営業)を訪ね、遊郭の残滓をみる。





吉原神社料  亭金村(写真:田邊)

 吉原の外周,おはぐろどぶ跡の道を北へ進み「樋口一葉記念館」へ向かう。吉原遊郭とは目と鼻の先龍泉寺町に一葉は暮らした。一葉はここでの生活から遊郭に生まれた少女の成長を描く名作『たけくらべ』を書く。「自身を水面に浮かぶ葉と号した作家は、夫もなく、子もなく、財もなく、名も残せずに24年の短い生涯を閉じた」と一葉記念館で教えられました。



一葉記念館での記念撮影(写真:田邊)

昼食は三ノ輪橋に戻り、ジョイフル三ノ輪商店街へ。カンヌ映画祭でパルムドールを受賞した『万引き家族』に登場する。「肉の富士屋」などを案内しながら、「砂場総本家」と町中華の店に分かれ、下町の味を楽しみました。
午前は荷風・一葉の文学散歩、午後からは古い建物散歩となります。



午後は、都電荒川線三ノ輪橋駅前の小広場からスタート。バラが咲く終着駅はいいですね。ここから荒川線に乗っていくつか途中下車の旅ルートが浮かんだのか、参加者の一人が離脱、荒川線の小さな旅を楽しむようです。それもまた良きかな、フットパスの気軽さでもあります。
さて、本隊は三ノ輪橋駅から日光街道へ抜けるビルの中の通路にある三ノ輪商店街を通り、「梅沢写真会館(旧三ノ輪王電ビル)」を見る。ビルの通路に商店街があり、その両側に写真館と花屋という妙な取り合せが面白い昭和初期の建物。



都電荒川線三ノ輪橋駅



梅沢写真会館(旧三ノ輪王電ビル)

 日光街道から金杉通りを南へ進むと根岸。ここにも小さな写真館「矢島写真館」があります。大正から昭和初期にかけての憧れの職業は繁盛していたようで、昭和初期に板張りからスクラッチタイル張りのモダンな看板建築に改装しています。2013年に閉業していますが、建物は大切に残され往時をしのばせてくれます。



矢島写真館(写真:田邊)

 ここからは、私のまち歩きの原点ともいえる下谷・根岸を歩きます。1977年恩師・陣内秀信先生と「東京のまち研究会」で調査したエリアです。2019年に40年ぶりに同じメンバーで再訪し、その変貌ぶりをまとめた地図をベースに歩きました。1977年と現在のまちを比較しながら歩く、「都市・建築史的散歩」という一風変わったフットパスを体験していただきました。
 震災・戦災の被害を免れた稀有な下町地域の40数年のまちの変化、下町とはどういうものかをなんとなく肌で分かっていただければというコースを設定してみましたが、はてどうでしたでしょうか。
 まずは金杉通り、江戸時代に計画的に造られた奥州裏街道とその沿道の短冊状の敷地に、町家と長屋ができたところです。江戸の建物は何もありませんが、敷地割とわずかに町家とその奥に残る長屋を見ていただきました。





金杉通り(2014) 金杉通り(2023)

 次は金杉通りの西側にある根岸。「根岸の里のわび住まい」と知られるこの地は、音無川が流れる田園に風雅な別邸が点在するまちでした。川が暗渠になりまちは密集してきても、柳の並木のある閑静な地に、レストラン「香味屋」、旧料亭の建物、路地の奥にあるリノベーションされた料理屋、著名人ご用達のステーキ店などを巡りながら、根岸は今も文人墨客が住んだ豊かで閑静なまちの雰囲気を残しているように思いました。
 また、根岸には「こごめ大福」、「手児奈せんべい」とおみやげも充実しています。お店に立ち寄り、店の人とあれこれ話しながら名物を買う、これもまたフットパスの楽しみの一つでもあり、堪能していただきました。



こごめ大福の店(写真:田邊)

 だいぶ歩いたのでそろそろ3時の珈琲タイム。選んだ場所は歴史的な建物をリノベーションした3つ。ゲストハウスとカフェの「toco」、元銭湯のカフェ「レポン快哉湯」、古い住宅を改修した「イリヤプラスカフェ」。と計画しながら、tocoは休み、レポン快哉湯は満席と計画通りにはいかないものです。下町ゆえ休み処はなんとかなるもので、それぞれ珈琲タイムを楽しまれたようです。



レポン快哉湯

 私はレポン快哉湯で銭湯絵を眺めながらテイクアウトの珈琲を持ち、銀杏の葉に埋もれた「小野照崎神社」の境内で美味しい珈琲をいただきました。
 いよいよフィニッシュは小野照崎神社からゴールの鶯谷駅へ。途中居酒屋の名店「鍵屋」、明治中期の洋館「旧陸奥宗光邸」を簡単に紹介しました。この二軒、伝えたいことはいろいろありますが、すでに書きすぎておりますので省略しました。4時に鶯谷駅北口で解散しました。
(文と写真:浅黄 美彦)

2023.12.09 13:21 | 固定リンク | フットパス
他のまちのフットパスをみてみようかつての野猿峠ハイキングコースを歩く
2023.11.30
[ 講師:田邊 博仁 ]
紅葉の長沼公園,東京薬科大学,永林寺,
八王子堀之内里山保全地域を巡る
11月30日(木)天気:晴参加者:24名

 今日は、非会員さま14名を含み、多くのご参加ありがとうございました。
かつての「野猿峠ハイキングコース」は、昭和30年代は多くのハイカーで賑わっていましたが、昭和40年初頭から多摩ニュータウンの造成開発の影響で、各所で分断され、昭和45年に廃道となってしまいました。そんな歴史を長沼橋から、「平山城址公園(密集する住宅街)」と「長沼公園(奇跡的に残った長沼の森)」の風景を見比べながらお話し、本日のフットパスをスタートしました。長沼町の里山地区から一歩入ると、一気に深い森となり、驚きます。その森の木製の橋を登ると「絹が丘口」に。ここのモミジの紅葉の美しさは見事で、みなさまに喜んでいただけました。




「絹が丘口」の美しい紅葉をバックに

 さらに、「野猿の尾根道」を進み、100年の歴史をもつ囲炉裏料理店「鎌田鳥山」を見学させていただき、店の歴史を多摩ニュータウン開発の地上げに断固応じずに守った「長沼の森の奇跡」のお話をさせていただきました。






囲炉裏料理店「鎌田鳥山」と内部の囲炉裏


 長沼公園の平山口から、東京ドーム6個分の広広とした「東京薬科大学」へ。ここのレストランで昼食をいただきました。昼食後、東京都で最も広い薬用植物園(野生種500種を含む2000種類程度の植物が生育)の見学へ。谷と丘陵からなり、見本園と温室と丘陵の中に作られた自然観察路が解放されています。葉がパイナップルに似た香りのパイナップルセージ、赤い花のブラシノキ、サンシュユの実、サフラン、黄色い花のアナナスライオンズイヤー、モウソウダケ、温室のカカオの実など30分ほど見学をしました。





東京薬科大学の薬用植物園を散策

 次は東京薬科大学から、地元の古刹「永林寺」へ向かいました。とても立派な格式のある大寺院で、是非、みなさまへご紹介したく、案内させていただきました。寺になる前は、由木城と呼ばれ、大石定久公の居城でした。定久公が滝山城へ移ったあと、叔父の一種長純大和尚に譲られ、「永麟寺」として創建(1532年)されました。定久公の養子となった北条氏照(八王子城主)により、七堂伽藍の大禅寺に整備され、後陽成天皇より勅願寺(1587年)の綸旨を受けました。
 後北条に代わり関東の新領主・徳川家康が巡拝(1591年)。朱印十石、公郷10万石の格式を与え、赤門の建立が許されて名を「永林寺」に変え、今日に至っています。近隣に十ヶ寺の末寺を持つ



徳川家康により建立を許された総門(赤門)

 格地本寺寺院であります。各門に北条家三つ鱗、天皇家菊、五三の桐、徳川家三つ葉葵の紋を有し、往時を偲ぶことが出来ます。







各門の北条氏三つ鱗、天皇家菊、徳川家三つ葵の紋






永林寺の三門と中雀門(勅使門)


 永林寺の横の道から昔の柚木村の面影を残した寺沢里山地区の道を歩き、京王堀之内駅で解散しました。






堀之内寺沢里山公園と龍生寺阿弥陀堂

(文と写真: 田邊)



多摩丘陵の深まる秋を楽しみました


 深まる秋の一日、みなさんと多摩丘陵の一角を歩きました。開発が進んだ住宅地もあれば、手つかずの里山も残っていて、モザイク模様のような景観を楽しめました。




浅川から望む多摩丘陵


 フットパスのスタートは浅川に架かる橋から。
 横たわるような「長沼公園」の姿を眺めた後、森に入っていくと、崖線から滲み出した流れが清々しい。少々キツイ木階段をコツコツと登っていくと息を呑むような景色が待っていました。紅葉の樹林です。少し前に雨が降り気温も下がったせいか、発色が見事です。逆光越しで狙うと絵画のよ
うなショットが撮れました。



長沼公園の紅葉

ここからは尾根伝いの気持ちの良い道を歩きます。開発の買収に抵抗した「鎌田鳥山」の野趣あふれる山小屋風のお店を見学し、住宅地の拓けた先を降りていくと東京薬科大の学び舎がありました。学食のランチはどれもボリューム感がありお腹いっぱい。
食後は付属の薬草植物園へ。植物名のプレートに薬効と化学式が記載されているのが新鮮です。こちらは一般の人でも入場できると聞きました。春先の再訪もいいかもしれません。
樹々で囲まれた切通を越えていくと古刹永林寺の山門が見えてきます。朱塗りが許されているのは徳川の許しがあってこそ、と聞きました。振り返ると対面の丘陵地に都立大の校舎がまるでスペインの古城のようにそびえていました。お寺の境内は掃き清められていて、凛とした空気が漂っています。ここまで整えられる余裕があるのは、檀家が多いお寺なのでしょうか。陰陽の石彫が祀られているところを教えてもらい、境内最深部の由木城址跡で戦国の世を偲びました。





隠された陰の石彫由木城址跡の碑

お寺を後にゆるゆると峠道を越えると、堀之内の里山保全地域へと入っていきます。曲がりくねった昔からの小径を辿っていくと、柿畑が広がり、コスモスが咲き、なんと牛舎も営まれているではありませんか。夕方のゆるい陽射しが、懐かしい田舎の風景を温かく彩ります。阿弥陀堂をチラ見した後は市街地に歩を進め、堀之内駅で解散となりました。





対面の丘に都立 大牛舎にネコが寄り添う

 田邊さんによる随所での詳しいガイドは道中の興味を高めてくれました。ありがとうございました。またしんがりで一隊の歩みを見守っていただいた伊藤さんにも感謝いたします。同行の仲間も大変満足していました。みなさんとご一緒出来て楽しかったです。よい一日が過ごせました。
(文と写真:森 茂樹)
2023.11.30 13:20 | 固定リンク | フットパス
かつての「野猿峠ハイキングコース」を歩く
2023.11.30
里山FP:かつての「野猿峠ハイキングコース」を歩く!(11/30)

 昭和30年代は多くのハイカーで賑わいましたが、昭和40年初頭から多摩ニュータウンの造成開発の影響で、各所で分断され、昭和45年に廃道となりました。
 長沼町の里山地区から一歩入ると、一気に深い森となり、驚きます。その森の木製の橋を登ると「絹が丘口」に。ここのモミジの紅葉の美しさは見事で、みなさまに喜んでいただけました。



さらに、100年の歴史をもつ囲炉裏料理店「鎌田鳥山」を見学させていただき、店の「100年の歴史」と多摩ニュータウン開発の地上げに断固応じず守った「長沼の森の奇跡」のお話をさせていただきました。



 そして、東京都で最も広い東京薬科大学薬用植物園(野生種500種を含む2000種類程度の植物が生育)を見学しました。
 最後に、地元の古刹・永林寺へ向かいました。とても立派な格式のある大寺院で、是非、みなさまへご紹介したく、ご案内させていただきました。北条氏照(八王子城主)により、七堂伽藍の大禅寺に整備され、後陽成天皇より勅願寺(1587年)の綸旨を受けました。後北条に代わり関東の新領主・徳川家康が巡拝(1591年)、朱印十石、公郷10万石の格式を与え、赤門の建立が許され、名を「永林寺」に変え、今日に至っています。各門に北条家三つ鱗、天王家菊、五三の桐、徳川家三つ葉葵の紋を有し、往時を偲ぶことが出来ます。


 永林寺の横の道から昔の柚木村の面影を残した寺沢里山地区の道を歩き、京王堀之内駅で解散しました。

(NPO法人 みどりのゆび 田邊博仁)

ご参考:
みどりのゆびFP 「かっての「野猿峠ハイキングコース」を歩く(1/3)
https://photos.app.goo.gl/SQoVVxBhrbi377Cb7
みどりのゆびFP 「かっての「野猿峠ハイキングコース」を歩く(2/3)
https://photos.app.goo.gl/Sjv4YY8bBPoRnYid9 
みどりのゆびFP 「かっての「野猿峠ハイキングコース」を歩く(3/3)
https://photos.app.goo.gl/5Npg613eNnpSs1MK6 
2023.11.30 10:00 | 固定リンク | フットパス