•  フットパス活動の記録

日本フットパス協会設立 10 周年記念 町田大会
2020.02.05
「日本フットパス協会」と「みどりのゆび」

日本フットパス協会は、2009年2月に、東京都町田市、山形県長井市、山梨県甲州市、北海道黒松内町の4自治体が発起人となって、「フットパス」を全国的に啓発推進する組織として設立されました。みどりのゆびはその推進役を務めました。設立総会が町田で開催され、会長を町田市の石阪市長が引き受けてくださり、事務局は町田市観光コンベンション協会に置かれることになりました。
その後10年を経て、フットパス協会の会員数は64に上り、そのほかに北海道や九州では多くの自治体を巻き込んで独自のフットパスネットワークが立ち上がりました。専修大学の泉瑠偉先生の調査によると、全国で580本(2020年1月当時協力団体のみ)のフットパスコースがあることがわかりました。



熱い想いの重なったシンポジウム 全国 25 団体によるトークセッション

今回のシンポジウムは、最初こそなかなか体制が揃わず間に合うか、人が来るか、と心配しましたが、結果として参加してくださった皆さんの熱い想いがほとばしり重なって一つになった、新しい次の10年を象徴するような素晴らしいシンポジウムとなりました。
最も感動を呼んだのは、シンポジウムとしては新しい形式であるトークセッションでした。普通シンポジウムはせいぜい5~6人のパネラーで議論するのですが、今回は壇上に日本全国北から南まで25の団体が登壇しました。

エコネットワーク(北海道)、長井市、歴史古街道団、甲州市、フットパスネットワーク九州、ニセコ町、江部乙丘、柴田町、由利本荘市、福島県西郷村、民泊観光協会、町田市鶴川インバウンドの会、浦佐、羽島市、兵庫県竹野町、但馬観光協会、奥播磨、愛媛県伊予市高川地域、熊本県芦北町、大分県臼杵市、ヨロン島観光協会、沖縄県浦添市、和歌山県北山村、町田市と、それぞれの
熱い想いの重なったシンポジウム—全国25団体によるトークセッション
代表が所狭しとステージに並び、ほとばしるまちづくりへの想いやフットパスへの期待が熱く語られ、会場は大変な熱気で溢れました。
何故25もの団体が登壇することになったかというと、最近とみにフットパス協会の会員が増えてきているのです。新しい会員さんたちはパイオニアの私たちも驚くほど新しいビジョンや鋭い感性をもっています。これらの会員さんの意見をなるべく多く聞こうということからトークショーという形になったのです。またフットパスが若い人に受け継がれてきていることも実感できたセッションでした。
最近は「地域おこし協力隊」などの若い人たちがフットパスを通して地域に溶け込み、地元の人々と一緒にまちづくりをしていく姿が見られます。その代表として、和歌山県の山奥の北山村に埼玉から職員として就職し、村を若者や知識人の集まる元気な地域へと変貌させている荒井恵理さんに来ていただきました。荒井さんは将来の村長候補と言われています。


地元、町田市鶴川からも民泊協会の石川健さんや鶴川インバウンドの会の陶山慎治さんなどの若い地主さんが参加してくださいました。鶴川を活性化しようとして、新しい活動を周囲と連携しな
がら始められています。みどりのゆびとしては、この町田大会を通じて石川さんや陶山さんと繋がることができたのはとても嬉しいことでした。

豪華な顔ぶれのフットパス応援団

町田大会は主催者側や来賓として国や地方自治体からも超豪華な方たちに来ていただくことができました。
シンポジウムは会長の石阪町田市市長のご挨拶から始まりました。石阪会長は10年の間、各地で行われた例会に一度も不参加だったことがありません。その石阪市長が日本フットパス協会の「会長を引き受けたのは、日本の政界の重鎮である石原信雄氏が名誉会長になってくださった会だから」だそうですが、柿生に住んでおられる石原氏も小田急沿線などをよくウォーキングされておられ、フットパス協会の設立にも快く応援をしてくださいました。今回も93歳というご高齢をおして町田の会場まで来て、温かなご挨拶をくださいました。
国からは協会の顧問である地域活性化センターの椎川理事長を初め、総務省から地域振興室の畑
山室長が来てくださいました。そして鎌田黒松内町長、内谷長井市長、上田美里町長、原田川西町長、水戸柴田町副町長、長谷川西郷村村長代理、古屋甲州市長代理など、いくつもの自治体の首長が忙しい中を集まってくださり、豪華な式となりました。これらの首長さんたちはフットパス協会の立ち上げの時から、この10年ずっと活動を応援してきてくださった方たちばかりです。

総務省畑山地域振興室長のご挨拶
椎川地域活性化センター理事長と石阪市長
右から鎌田黒松内町長、内谷長井市長、上田美里町長、水戸柴田町副町長、原田川西町長
石原信雄元副官房長官のご挨拶


海外からも、フットパス協会と親しくしているイギリスのランブラーズ協会の会長でありWaW(WalkersareWelcome)の顧問であるケイト・アッシュブルグさんからビデオレターが届き、披露されました。ケイトさんはイギリスのウォーキング・保全活動の第一人者です。
基調講演は首都大学東京の岡村裕教授でした。8日はちょうど大学入試の時期にあたり知り合いの教授陣はご都合悪く、苦心の末町田市がお願いした先生でした。先生は茅ヶ崎でフットパスを作られています。初めて拝聴する講演でしたが、フレッシュな視点からのしっかりした内容でとても面白く、聞き入ってしまいました。

コースづくりから当日まで みどりのゆびによるサポート

もう一つ今回のシンポジウムで特筆すべきは、時間も人手もない中を成功裏に終えることができたのはみどりのゆびの多くの会員に企画段階から当日までサポートしていただいたことです。フットパスコースの選定には、宮田先生を初め、田邊、横山、桑原、吉森の各会員に最初から関わっていただきました。
このほかに永島理事、井上、門石、川北、佐藤(英)、佐藤(弓)、鈴木(由)、西谷、新納、村田、秦、飛田、鈴木(郁)他、多くの会員にコースの下見、会場サポート、ガイド、おもてなしなどあちこちの場面で手伝っていただきました。皆で盛り上げ、皆で楽しんだ町田大会でした。
南魚沼市からの視察
2019.10.23
南魚沼市より、町田のフットパス視察研修の事前訪問~小野路宿コースをご案内

10 月23 日(水) 天気:快晴 参加者:7 名
講師:田邊 博仁(みどりのゆび)

 新潟県南魚沼市では地域活性化の取り組みとしてフットパスを活用するため、11 月に“行政と地域合同の視察研修”(約30 名)で町田のフットパスの体験に来られる。その事前訪問(5名様:新潟県南魚沼市浦佐地区)があり、小野路宿里山交流館にて打ち合わせ後、昼食、小野路宿コースをご案内しました。
 南魚沼市浦佐地区では、フットパスコース作りを始めており、日本フットパス協会とみどりのゆびのメンバーで、2015 年に一度、訪問しています。今日は朝から快晴。スタートは小野路宿通り。小島資料館、関屋の切通、みどりのゆびの町田市から管理委託の竹林、緑地と再生した休耕田、気持ちの良い多摩丘陵の緑と畑の道、ムクロジの実の石鹸作り実験、鎌倉古道、多摩のよこやまの道、一本杉公園、鎌倉街道を順次ご案内しました。お土産のクッキーがいいですね。
(田邊 博仁)
詳細はNPO 法人「みどりのゆび」のfacebook ページ10 月24 日を御覧ください。
理事会・総会
2019.09.29
9 月29 日(日)
 今年の理事会、総会は、担当だった尾留川副理事長が病気になり、経理面で空白ができてしまい、開催が遅くなってしまいました。
 幸いなことに高見沢理事長から眞島税理事務所をご紹介いただき、大変よくご指導をいただくことができまたし。無事きちんと経理処理していただき、9 月29 日に町田市民文学館「ことばらんど」にて理事会、総会を開催いたしました。
 今年は赤字の解決策については、経費削減として、販売物品(マップ)の適正在庫により無駄を省くこと。また、HP のスリム化によりHP の管理費を削減するなどを図ること。収入源のさらなる確保策として、助成金や寄付金の増加を計りたく、理事や会員の方々からのご協力をお願いしたいなど。また今後の方針としては、地元と協力してフットパスの輪をあちこちの里山から中心市街地までさらに拡大強化していきたいなどの意見が交換されました。
(神谷 由紀子)
新たに草木塔が建立
2019.05.18
5 月18 日(土)
 本会のフィールドである町田市小野路で「草木塔」の建立式が行われました。東京にあって都市計画を変更して緑を残すことに住民が決めた小野路で、その地主さんたちが草木塔を建立するということは本当に感慨深いものがありました。
 草木塔とは、仏教で「自然の恵みに感謝し、草木にも命があり、それを絶って我々は生かされている」という思想に基づいて建てられる石造の草木供養塔です。元々は、米沢藩主上杉鷹山が、江戸藩邸や米沢市内で大火があった後に大量の樹木を伐採したことに対する感謝の念で1780 年に建てたものが始まりとされています。したがって山形県置賜地方に最も多く、100 基以上の草木塔があり、フットパスの仲間である川西町や長井市にもあります。山形を含めて全国で200 基ほどが見つかっており、東京にも10 基以上発見されています。
 なぜ小野路で草木塔が新たに建てられることになったかというと、この度、小野路で1740 年(元文年間)頃に建てられた草木塔が、いまだに東京で養蚕を続けている嶋野幸夫さんの屋敷で発見されたのです。
 上杉鷹山の草木塔が1780 年建立だということであると、この嶋野さんの草木塔が日本で一番古いものということになります。
 「浅間山噴火、百姓一揆、イナゴの大発生など、小野路でも食糧事情が悪く苦労した時に建てられたもの」と小野路の「草木塔を建てる会」の小島政孝会長は推察されています。「飢饉のときには山野に自生する草や木から食物をとり命をつないできた。小野路村の面積の半分は山林であり、雑木林が多く、大量の炭を江戸に運んだり、繭を作ったりして生活してきました。これらは重要な産業であり、過去のこととして今は忘れられているが、自然の恩恵に感謝することは未来に向けて伝えていかなければならない大切なメッセージです」。
 今回、元副市長の高山氏からの提案を受けて、小島会長以下地主さんたちの協力や石材の寄付などがあって、「草木塔を建てる会」が組織され、草木塔の建立にいたりました。
 よそ者の私も小野路の方々のご厚意で「草木塔を建てる会」に入れていただけたので、草木供養祭に参加することができました。
 フットパスの仲間である長井や川西とも共有する先人の知恵に触れて、今更ながらいろいろ感じいるところがありました。
(神谷 由紀子)